第48章 オンリーワン
夜の外気が、軽率な行動を責めるように頬を刺す。
『かけがえのない大切なヒトなんです』
あの声が
あの言葉が
耳にリフレインするたびに、胸がジクジクと痛んだ。
幸せな気持ちに包まれながら、今ごろは彼女の隣を歩いていたはずだったのに。
『誰か、別のヒトを好きになったとしても』
あの言葉に我を忘れた。
あんなことは初めてだった。
世の中に“絶対変わらない”と言えるものは、確かにそう多くはないだろう。
ましてや、人の気持ちほど移ろいやすいものはないことを、黄瀬は身をもって知っていた。
外見やモデルという肩書だけで近寄ってきた人間が、現実と理想のギャップに一方的に失望し、あっさりと離れていくのを、何度目の当たりにしてきたことか。
『バスケとワタシ、どっちが大事なの』
バスケに決まってるっしょと止めを刺さなかったのは、相手への最後の優しさではなく、人と深い繋がりを求めることの出来ない自分に、後ろめたさを感じていたせいかもしれない。
だが、あの頃の自分には、そんなものに縋りつく必要はなかったし、欲しいとも思わなかった。
(でも、彼女だけは違う)
こんなにも特別で、こんなにも大切な存在には、もう二度と会えない。
それは根拠のない、だが揺るぎない確信。
そして、それは海常という場所で出会い、支えられ、時には支え、絆と信頼を培ってきた仲間達も同じだ。
分かってくれていると思っていた、彼女なら。
(いや、もしかして……ずっと不安にさせてた?)
胸中をギリギリと締めつける後悔の念と、さっきとは違う種類の焦燥感。
頬に手をやり、唇をキツく噛む。
力なく歩き出した足が、一歩また一歩と地面を踏みしめるたびに、広い歩幅を刻んでいく。
「イヤ……だ」
涙に濡れた頬と、悲しみをたたえた瞳が脳裏をよぎる。
もう二度と、彼女の笑顔をこの目に映すことは出来ないのだろうか。
あの身体を、腕に抱きしめる日は、もう永遠に来ないのだろうか。
(絶対に嫌だ。こんなことで、もし……)
黄瀬は、最悪なシナリオを頭から振り払うと、まだ追いつけるであろう彼女の後を夢中で追いかけた。