第45章 ルージュ
「笠松センパイっ!来るなら来るって、連絡くらいくださいよ!」
「うっせー!その犬みたいに尻尾振んの、いい加減やめろ!海常のキャプテンだろーがっ!」
「イテテっ!センパイ、痛いっス!ギブギブ!」
一瞬であの頃に戻る空気。
完全に気を許した時に見せる、黄瀬の子犬のような表情を、結はそっと見守った。
「え、一緒に回らないんスか?森山センパイ探すんだったら、オレ達も手伝うし」
「さすがの俺も、んな野暮な真似はしねーよ。ま、どっかで会うだろ」
じゃーなと軽く手を上げて、去っていく背中がどんどん小さくなる。
「なんか、笠松センパイが空気の読めるオトナに……」
「黄瀬さん。それ、何気に失礼ですよ」
心の中で同じ感想を抱いたことには触れず、「じゃ、オレ達も行こっか」と差し伸べられる手に、結はおずおずと指先を預けた。
きゅっと握りこまれた手の温もりに、自分の指先の温度を知る。
「だいじょーぶ。オレがついてるから」
何の気負いもない声に、少しだけ強ばっていた肩の力が抜けていく。
にぎわう校舎に足を踏み入れたふたりの姿に、刺すような、そして興味津々といった視線がないわけではなかったが、意外にもその多くは友好的なものだった。
それは、黄瀬がただ軽いだけの男ではないことを、二年半という時間の中で、自然と周囲に認めさせた証と言えるのかもしれない。
あまり質のよくなかったファンクラブもいつの間にか影を潜め、時折歓声が上がることはあるものの、それは常識的な範囲におさまっていた。
「水原さん、ゆっくりしてってくださいね。これ、サービスです」
「わ、嬉しい!有難うございます、澤田さん。でも、来週からの練習メニューは緩くなりませんよ。ウィンターカップまであと二カ月ですからね」
「うっ、ダメか」と肩を落とす海常のセンターは、テーブルにふたり分の飲み物とクッキーを置くと、スゴスゴとその場を離れた。
「さすが結……」
「ちなみに、キャプテンのメニューはもうひとつレベルを上げますからね。勿論、監督も了解済です」
「ええっ!?そりゃないっスよ~」
見慣れたはずの制服姿に、また違う意味でドキドキしながら、高校生の素顔をみせる黄瀬からそっと目を逸らせると、結は手にしたクッキーを頬張った。