第44章 フェスティバル
妹の、そして恋人の気配がないことに胸をなで下ろすと、ふたりは目を合わせてバツが悪そうに笑った。
「い、今のはオフレコってことで……」
「そ、そーだな。俺も命は惜しいし……てかお前、相変わらずチャラいな。なんだ、その服」
苦々しい顔で黄瀬の衣装を眺める翔の、やわらかそうな茶色の髪が秋の風にふわりと靡く。
少し無愛想ながらも整った顔立ちと目立つ長身は、黄瀬とはまた違った魅力を発しながら、チラチラと女子の視線を集めている。
おそらく、気づいていないのは本人だけだろう。
そんな翔の隣で、控えめに寄り添う女性の姿を目にして、黄瀬はざわつく胸に手を当てた。
「ところで……あの……結は?一緒じゃないんスか?」
そわそわと落ち着きをなくす黄瀬に、翔は軽く舌打ちした後、「さっきまで一緒だったんだけどな」と同意を求めるように隣の女性に視線を落とした。
その瞳が一瞬で色を変える。
(あ、優しい目……)
会いたい気持ちがチリチリと胸を焦がしていく。
「どこかで待ち合わせしてるんでしょ?早く行ってあげて」
翔に笑みを返した後、まっすぐに見つめてくる瞳に黄瀬は力強く頷くと、「ありがとうございます。じゃ、オレはこれで」と頭を下げた。
「あ、オイ黄瀬!」
「へ」
背中を向ける黄瀬を引き留めたのは、翔の声だった。
「いや……その、アレだ……」
目を合わせないまま、何か言いたげな翔に向かって、黄瀬はピシリと姿勢を正した。
「大丈夫です。海常の伝統も誇りも、夢も……そして彼女も、絶対にオレが守りますから」
「!」
「失礼します」
再びわき起こる歓声には見向きもせず、一目散に掛けていく背中を、翔は苦笑いしながら見送った。
「アイツ、やっぱムカつく……」
「何言ってるの。インハイ観て号泣してたくせに」
「あ、あれは……その、なんつーか」
「ほんと口下手なんだから。素直にガンバレって言えばいいだけじゃない」
クスクスと笑いながら顔を覗きこんでくる瞳から顔を逸らせた翔は、「そんなとこも好きなんだけど」と腕に触れてくる手に、自分の手をそっと重ねた。