第42章 ファウル
ゆっくりと離した唇の端からこぼれるキスの残滓を舐めとると、黄瀬は抱きしめた結の首に顔をうずめた。
怖がらせてしまったことは反省すべき点だが、収穫もあった。
「……結」
彼女のあのリアクションは愛情の裏返し。
(可愛すぎて、食べてしまいたいっスわ)
Aラインのショート丈のタンクトップビキニは、肩が剥き出しのホルターネック。
うっすらと残る肩のキズに音を立ててくちづけると、ぴくりといい反応をみせる身体に心拍数が上がる。
この白い肌を食んで
柔らかい膨らみに歯を立てて
自分しか触れたことのないカラダの奥に、深く楔を打ちつけたい
疼きはじめる下半身に、黄瀬は呆れたように笑った。
(オレ、わりと淡白な方だと思ってたんだけどな……)
気持ちいいことは嫌いではなかったが、いくら抱いても尽きない欲と、泣きたくなるほどの幸福感を知ったのは、彼女と出会ってからだった。
「ベタ惚れってやつっスか。ったく」と小さくつぶやく。
「え……?」
「なんでもないっスよ」
(でも、責任は取ってもらわないと……ね、結?)
首の後ろで蝶のように結ばれた紐を口に含むと、黄瀬は誘惑の糸を解きにかかった。
だが、ハラリとはだける水着に「きゃっ」というベタな展開は一向に訪れず、途中で引っ掛かってしまった紐を噛む黄瀬の、期待に濡れた瞳が丸くなる。
「アレ、なんで……?」
「固結びしてあるから、そんな簡単にほどけませんよ?」
金髪をツンツンと引っ張る結のしてやったりという顔に、黄瀬は降参の溜め息をついた。
「ハ、さすがオレが惚れた女はガードが固いっスね」
「赤司さんの目がなくても、黄瀬さんの行動を予測するのは簡単……ん、ンっ」
「オレ以外のオトコの名前、あんま呼ばないで」
そっと重ねた唇の柔らかさに、予想に違わず頭をもたげる熱をどうやって下げるべきか。
そんなことを考えはじめた矢先、予想外の動きをみせる手に、黄瀬は眉を顰めた。
「ちょ、結……何して、う……わっ」
反撃を開始する指に水着の紐を逆に解かれて、脇腹から腹筋をなぞる手のひらに歓喜の声が上がりそうになるのを懸命にのみ込む。
黄瀬は、嬉しすぎる誤算に喉を震わせながら、ほんの少しの期待をこめて唇を小さく舐めた。