第41章 クロスオーバー
【8月30日火曜日】
あんな小説のような出来事があるなんて。
「奇跡だ……」
図書室で一度見ただけの彼のことが、どうしてこんなに気になるのか分からないまま、バスケ部専用の体育館へとひた走る。
昨日リサーチしたところ、うちのバスケ部はここ数年で飛躍的に成長を遂げた、今や全国常連の強豪らしい。
(でも、バスケってインドアのはずじゃ……)
「そっか、外を走る時に焼けたんだ!」
ナルホドナルホドとひとり納得し、開いた扉から何気なく中を覗いた時、心臓がその動きを一瞬止める。
しなやかにコートを駆ける身体と、きらきらと飛び散る汗。
男の人を綺麗だと思ったのは初めてだった。
バスケなんて、『ボールを持って三歩歩いたら反則』くらいのルールしか知らなかった。
「すご……い」
全国区だけあって、部員全体のレベルは相当高いはず。
だが、彼のプレイがズバ抜けているのは、私のような素人でもすぐに分かった。
スピード、テクニック、跳躍、そのすべてに目を奪われる。
胸がドクドクと高鳴り、背中を冷たい汗が伝い落ちる。
豪快にボールを叩き込む姿に思わずガッツポーズをした時、「青峰くん!」とよく通る声とともに彼に駆け寄るのは、遠目から見ても分かる可憐な女子生徒。
顔を近づけて会話を交わすふたりを何故か見ていられなかった。
「あお、みね……」とようやく知ったその名前を呟く。
胸がキュンと痛んだ。
【8月31日水曜日】
お気に入りの図書室で、お気に入りのラノベに目を落とす。
だが、その内容は少しも頭に入って来なかった。
夏の大会では準優勝したという試合を、観に行けば良かったと今さら思う。
(ま、秋田まで行くのは無理か……)
だが、ガタンという大きな音と周囲の非難するような視線の先を何気なく追いかけた時、そんな思考は一瞬で吹き飛んでいた。
本棚の向こうに消える背中と、その背中を心配そうに見送る桃色の髪の女の子。
溜め息をついたことにも気づかずに、そっと本を閉じる。
一度目は偶然、二度目は必然、三度目は……何だっけ?
子供のようにワクワクした一週間は今日で終わり。
こっそりファンになるくらいは許されるだろうか。
「帰ろっかな」
三度目の奇跡に遭遇するまであと数秒。
席を立った私はまだ、その事を知らなかった。
end