第41章 クロスオーバー
【8月25日木曜日】
冷房のほどよく効いたここ、桐皇の図書室は私のお気に入りの場所。
九月から始まる二学期に向けて設けられている一週間の登校日。午前授業が終わり、早々と帰宅する者や、昼からの部活に精を出す学生が多い中、図書室の机に突っ伏す姿が目に入ったのは偶然だった。
広げられることのないノートの上に頭を預け、だらしなく口を開けて眠るその顔は、見事なほどに日焼けしていた。
「水泳部……?」
制服の上からでも分かるほど逞しい背中が、そのことを裏づけているように思えた。
【8月26日金曜日】
「プールってどこにあるんだっけ?」
桐皇に入学してもう半年……いや、まだ半年も経っていない。
そう自分を擁護しつつ、校内案内板を頼りにたどり着いたのは、意外にも屋内プールだった。
「すご……筋肉マンがいっぱい」
水着を着ているとはいえ、逆三角形の裸体をじろじろ見るのはさすがに憚られる。
ただ、あの黒い肌の持ち主はここにはいない。
それは不思議な直感だった。
【8月27日土曜日】
「暑い、暑すぎる……」
今頃彼はこの炎天下で、その肌の黒さに磨きをかけているのだろうか。
続編が発売されたばかりのラノベを手に取り、今日は読書にふけることを決める。
だが、いつもなら読み終えているはずの物語は、半分も進まなかった。
【8月29日月曜日】
スポーツは得意な方ではないが、見るのは好きだった。
野球に陸上にサッカー。
だが、グラウンドで汗を流すスポーツマン達の中に、やはりあの姿は見当たらない。
(なんで私、こんなに一生懸命探してるんだろ……)
そう首をひねった時。
「あぶないっ!!」という声が響くと同時に、何か大きなモノに包まれて呼吸が止まる。
「ったく……フラフラしてんじゃねーよ」
低くて、でも耳に心地よく響く声だった。
「すいませーん!!大丈夫ですかー!?」
飛んできたサッカーボールから守ってくれたのがあの彼だと気づいたのは、「危ねぇだろーが」とボールを軽々と投げ返す腕を見た時だった。
「気ぃつけろよ」と小突かれた額が熱を帯びる。
お礼も言えず、茫然とする瞳に映ったのは、あの日と同じ大きな背中。
そして、人差し指の上でくるくると軽やかに回るバスケットボールだった。