第40章 ストーリー
ほどよく冷やされた部屋の中、頬に触れるかすかな違和感に、黄瀬はのろのろと目を開けた。
視界は暗闇に覆われていたが、身体を包む温もりのおかげで不安を感じることはなかった。
いつ眠りに落ちたのか、その記憶は定かではないが、変わらずに目の前にある胸に鼻を擦りつけると、同じボディソープの香りを大きく吸い込む。
あれほど疲弊していたことが嘘のように、頭はスッキリと晴れ渡っていた。
「あぁ、コレか……」
眠りを遮ったのは、彼女の胸元を常に飾るようになったふたつのペンダントトップ。
黄瀬は、頬にくい込むそれを指で摘まむと、そっと唇に含んだ。
身体に巻きつく細い腕を指先でなぞりながら、いつも見下ろしてばかりの彼女の顔を下からそっと覗き見る。
(よく寝てる……)
前髪を揺らす爽やかな寝息と、規則正しく上下する胸。
いつもなら、一瞬で欲情してしまいそうなシチュエーションも、今はただ泣きたくなるほどに愛しくて……
あんなに泣いたのに涙は枯れることはないのか。
奥歯を噛みしめたせいで、唇からこぼれ落ちたネックレスがキラリと目に映る。
それは、『楽しそうですね』と頬を染める若い女性店員を、逆に営業スマイルであしらいながら選んだ、彼女の誕生石入りのペンダントトップ。
「結、ゴメン……」
どこかに驕りがあったのだろうか
主将として、正しくチームを率いることが出来ていたのだろうか
拭い去ったばかりの負の感情が、再び神経を苛みはじめる。
込み上げる懺悔にも似た思いに小さく鼻を啜った時、「どうしたん……ですか?」とまだ寝ぼけた声につむじをくすぐられて、黄瀬は泣き笑いの顔を隠すように布団に潜りこんだ。
「……なんでもないっス」
背中をポンポンと叩く優しい手に、涙腺がふたたび決壊するのはすぐだった。
親の承諾を得て、突然泊まりに来た彼女に貸した、パジャマ代わりのTシャツをじんわり濡らしながら、黄瀬は細い腰を力の限り抱きしめた。
悔しい
勝ちたかった
バスケが、海常が、海常の仲間達が好きだからこそ
過ぎたことを悔やんでも仕方ないことは分かっているのに、背中に触れる手に、髪を梳いてくれる指に、次から次へと涙が溢れだす。
胸に残る燻りをすべて吐き出すように、黄瀬は声にならない涙を流しつづけた。