第39章 セミファイナル
「お、っと」
胸に飛びこんで来た身体を受け止めた精悍な顔が、わずかに緩む。
いつもクールな恋人の予想外の行動。
黄瀬涼太は唇を引き締めると、「可愛い恋人だね」と近付く氷室からカバンを受け取った。
イケメンふたりのニアミスに、周囲がザワザワと色めき立つ。
当の本人は、そんなことにはお構い無しだが。
「氷室サン、ですよね。彼女をここまで案内してくれたんですか?有難うございます」
「いや、お礼を言うのはこちらの方かな。なかなか楽しかったよ。キミのノロケ話をたくさん……」
「ひ、氷室さんっ!」
「はは。やっぱり面白いね、水原さんは」
黄瀬の腕の中から顔を上げて、あわてて会話を遮る結に笑いかける、氷室の瞳がふと鋭さを増す。
「明日の決勝戦で会えることを祈ってるよ。ただ、今年の洛山は、無冠の五将を擁して過去最強の布陣と言われていた年よりもさらにレベルを上げて、まさに“最古にして最強の王者”の呼び声に相応しいチームだと聞いている。キミの……キミ達にとって厳しい戦いになるだろう」
あの赤司をトップにいただき二年余り。
その脅威は、推して知るべしだ。
「はい。でも、海常は負けません」
真っ向から氷室の言葉を受け止める結の隣で、彼女に寄り添う黄瀬の声が凛と響く。
「彼女の言う通りです。オレ達は勝つためにここに来ました。必ず勝ちます」
黄瀬の全身を包みこむピリピリとしたオーラと、闘争心剥き出しの顔に漲る自信は、かつての氷室の記憶よりも鮮やかに、周囲の空気を一瞬で海常色に染めていく。
氷室は、ジワリと汗ばむ手のひらには気づかないふりをして、その顔に優雅な笑みを浮かべた。
「じゃあ、ここで。あ、水原さん。良かったら一緒に観戦するかい?」
「は?」
差し出しされる手を黄瀬が制する前に、ふたりの周りを取り囲む青い壁に、氷室は楽しそうに笑った。
「これは失礼。馬に蹴られる前に退散した方がよさそうだ。結さん、またね」
「有難うございました。ん?名前……」
軽く手をあげて去って行くスミレ色のシャツが翻り、女子の視線を拐っていく。
「むぅ、なかなかの色男っスね。ま、オレには敵わないけど……ぐはっ!」
肘鉄を腹にくらってうずくまるキャプテンの姿に、肩を震わせる海常の仲間達が背中を向けた。