第37章 ホーム
それは、心をゆさぶる唯一の声。
「まったく。油断も隙もないな」
振り向く間も与えられないまま、ふたりの間に入り込む大きな身体に、結の視界は今日二度目の白に覆われた。
ただ、一度目と違うのは、固く引き締まった胸板と、背中を包み込む大きな手。
夢にまで見た恋人の、懐かしい温もりに呼吸が止まる。
「だって、ニッポンの女子みたいに控えめなカワイコチャンには、積極的なディープキスでお迎えしないと」
その悪びれない声に、結は逞しい胸の中で顔を上げられないまま、小さく笑った。
「可愛コチャン……ちょっとレトロな響きですね」
「確かに」と妙に納得した顔で、腕に閉じこめた小さな頭を撫でていた木吉鉄平は、ふと我に返ったように太い眉をキリリと引き締めた。
「だからって、結の唇は誰にも渡すつもりはないぞ。それは俺だけの……イ、テッ!」
久々の再会を果たした恋人から、脇腹を手加減なくつねられて、木吉はその図体に似合わない情けない声をあげた。
「真顔で馬鹿なこと言うのやめてください」
「ははは。久々のお仕置きは、なかなか新鮮でいいもんだな」
「もう、何言ってるんですか。木吉さん全然成長してな……わ、あっ!」
ふわりと宙に舞う小さな身体。
こちらの気候を事前に調べて、あれでもないこれでもないと悩みながら新調したシンプルなワンピースの裾が、軽やかなシルエットを描いてひるがえる。
「も、何して……木吉さん!」
経験のない高さからの景色に困惑して、地面から浮いた足が宙を蹴った。
「──会いたかった」
甘く切ない声と、息が止まるような抱擁を全身で受け止めながら、結は足をばたつかせるのをやめて、太い首にこわごわと腕を回した。
「私、も……」
「……結」
木吉は、特徴のある太い眉をだらりと下げて、その顔にトロけるような笑みを浮かべた。