第37章 ホーム
小振りのスーツケースを引きずりながら、水原結は迷子になった子供のように、周囲をキョロキョロと見渡した。
「まだ、来てないのかな……」
10時間あまりのフライトを終えて降り立った空港は、日付変更線と一緒に季節さえ飛び越えてしまったかのようなポカポカ陽気。
日本を立つ時は、当たり前のように身につけていた冬物のコートが場違いに思えて思わず背中に隠す。
ロサンゼルスの陽気に似合う軽装で闊歩する人の群れと、全員がモデルではないかと疑ってしまいそうなほど背筋を伸ばして行き交う人の雰囲気にのまれ、結はただでさえ見通しの悪い視界で懸命に待ち人の姿を探した。
「結っ!」
「!」
反射的に声のする方を振り向いた結の目の前は、だが一瞬で白一色に染まった。
視覚だけではなく、顔に押し付けられるマシュマロのような膨らみに呼吸すら奪われて、酸素不足の脳が警告を鳴らす。
結は持っていた荷物をすべて手放して、短い手足でバタバタと暴れた。
「い、息が……っ、出来な……」
「おっと、Sorry!カワイイ女子を見るとつい」
形式的に謝るハスキーボイスは、ややカタコトの日本語。
そして、いったん距離をおいたものの、今度は明確な意思を見せながら近付いてくる唇のルージュは艶やかな赤。
結はそれを、間一髪というところで躱した。
「もう、アレックスさん!」
「ちえっ」と口を尖らせる女性の名は、アレクサンドラ=ガルシア。
眼鏡の奥に輝く翡翠の瞳と、サラリとなびく美しい金髪。
彼女は、元WNBA、女子プロバスケットボールリーグの選手であり、火神と氷室がロサンゼルスにいた頃のバスケの師匠でもあった。
180センチの長身とグラマラスなボディは、有名な女優かと見紛うほどの美しさを醸し出している。
「じゃ、もう一回ハグを……」
「そこまでだ。アレックス」