第34章 トラップ
「もう準備は出来てんだよね。じゃ、少しゆっくりしよっか?」
何かを察していながらも、あえて触れず、ただそばにいてくれる。
そんな黄瀬の気持ちが堪らなく嬉しくて、並んで座ったソファの上、結はまだ迷う気持ちを吐き出すように大きく深呼吸した。
(強くなりたいと願うだけじゃ駄目、なんだよね……)
昨日、強い意志をもって立ち向かっていった勇壮な姿を思い浮かべて、呼吸を整える。
「私も……前に進まなきゃ」
何スか?と肩を抱く手に勇気をもらうように、結は声を振り絞った。
「黄瀬さん、あの……ね」
「ん〜?」
軽く頭を黄瀬の方に預けながら、まだ燻る胸のうちを確かめるように手を当てる。
「あの、前に……変な人達が来たの、覚えてます……か?」
「ヘンなヒト達?」
「確か二月……練習試合があった日、校舎の裏に、その……女の子と男がふたり」
髪を梳いていた手がピクリと跳ねる。
「──え?何、あいつら……もしかして、またなんか」
「ち、違うんです!そうじゃなくて……あの、その時に、私を校舎裏まで連れてった女の子の顔を……昨日、見た気がして」
一瞬、隣で息をのむ気配。
「ナニ……それ?体育館に来てたってこと?あの中に?」
トーンを変えた声がその鋭さを増し、捲られた白いシャツから伸びる腕が、怒りの表情を見せて盛り上がる。
ソファに凭れていた背中を起こして、にわかに殺気だつ黄瀬の気持ちを抑えようと、結は必死で制服の袖を握りしめた。
「待って。今、ちゃんと説明します。だからお願い……落ち着いて、ください」
「結……」
悲痛な声が胸を刺す。
と同時に、心配そうに瞬く瞳に胸が高鳴る。
矛盾する気持ちを抱えながら、結はしなやかな腕に縋りついた。