第34章 トラップ
朝から糖度高めのくちづけを浴びたせいで、せっかく準備してもらった朝食は半分くらいしか喉を通らなかった。
一足先に出勤した父親の職業は、接客業だと聞かされている。
だが、口数が少なく物静かな人柄には、あまりしっくりこないカテゴリーのようにも思えた。
「悪いけど、先に出るわね。涼太、戸締まり頼んだわよ」
細身のスーツに身を包んだ母親は、履いたヒールをカツンと鳴らした。
雨の日でも変わらない、それは女の戦闘着。
「ウン。オレ達もあと少ししたら出るよ」
「お邪魔しました。本当に、有難うございました」
小さな身体を精一杯折り曲げて、健気に挨拶をする息子の恋人は、その幼い顔に幸せそうな笑みを浮かべていた。
何があったのか詮索するつもりはない。
だが、今のふたりの表情を見れば、不肖の息子からの突拍子もない依頼を受けたことは、間違いではなかったようだ。
「またいつでも来てちょうだい。結ちゃんなら大歓迎よ。じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい」
いつもなら見送りのない玄関から、サラリと片手を上げて出掛ける後ろ姿は、満足そうだった。