第28章 マーキング
高校生の春休みは短い。
勉強がちょっと苦手な黄瀬涼太にとって唯一嬉しいコトは、宿題がないことくらいだろうか。
「リョータ!久しぶりじゃない!」
「なんか……ちょっと見ない間にオトコっぽくなっちゃって」
「撮影の後、空いてる?」
スタジオに入るなりベタベタとモーションをかけてくるのは、普通の男なら垂涎ものの美女、美女、美女。
「皆さん、相変わらずおキレイで。えっと……お誘いは光栄なんスけど、これ終わったら部活あるんで」
営業スマイルで美女達を軽くあしらうと、黄瀬は無害なスタッフが集まるテーブルにひとり腰をおろした。
「あっちぃ〜」と身体に染みついた香水を雑誌であおぎながら、口から出るのは深い溜め息。
「今頃、何してんのかな……結」
「へぇ〜彼女の名前、結ちゃんっていうのか。どんなコだよ?」
「そーっスね、すんごく可愛くて…………へ?」
たった数日会っていないだけで枯れはじめた脳を潤すため、自家発電にいそしんでいたイケメンモデル。
いつの間にそのテーブルについたのか、組んだ足をプラプラさせながら、満面の笑みを浮かべる男の誘導尋問に気づき、黄瀬は椅子から落ちそうになるのをかろうじて防いだ。
「ちょっ、レンさん!いつの間に!てか、今の忘れて!」
「そんなこと言える立場だと思ってンの?大体さ、去年の約束だって反古になったままなんだけど」
「ハ、ハハ……そうっスね」
「いつ紹介してくれンのかな?その可愛い彼女は」
思わせぶりに組みかえられる長い脚。
テーブルの上の紙コップを持つほっそりとした指先は、男でも一瞬見とれるほどの色気を醸し出していた。
「電話越しでも分かるほど飢えた声で『ホテル取ってくれませんか』って頼みを聞く代わりに、彼女を紹介してくれるって約束……忘れたとは言わせないよ?」
「え〜っと、別に忘れてる訳じゃないんスけど……」
「では撮影始めま〜す!レンさん、リョータ君、お願いします!」
スタジオの空気が一瞬で張りつめる。
「さてと、行きますか」と掻き上げた髪は漆黒の闇。
「お願いします」と立ち上がった拍子に靡く髪は眩しい金色。
黒と金
影と光
周りのスタッフやモデル仲間でさえ思わず感嘆の息を漏らすほど、対照的なオーラを纏うふたりの存在感は、群を抜いていた。