第25章 ヒート
「遅くなっちゃったね」
「そんな急いだらコケますよ」
そんなことないもんと頬をふくらませる仕草に、水原翔は口許を綻ばせた。
めでたく付き合い始めた彼女との初デートは、ふたりの母校、海常高校で行われる練習試合の観戦。
ローヒールの靴で校庭を急ぐ歩調がいじらしい。
「先に監督へ挨拶しようと思ってたのに」
「試合の後でも大丈夫ですって。ほら、体育館見えて来ましたよ」
懐かしい……と重なる声に微笑みを交わす。
差し入れ選びに思ったより時間を要し、少し遅刻して体育館を訪れた翔は、周囲を見渡して小さく首を捻った。
「アレ?」
「水原センパイ?」
「お!笠松に森山じゃないか。お前らも来てたのか?」
「お久しぶりです」
「そ、そちらの美しい女性はもしや……」
細い目をキラキラと輝かせる森山の視線から守るように、翔は自分の背中に彼女をそっと隠した。
「笠松。黄瀬はどーした?温存してんのか?」
そういえば結もいねーみたいだし、と眉根を寄せる翔に、笠松は即答出来ずに咄嗟に目を逸らせた。
「……なんかあったのか」
翔の妹専用アンテナは敏感だ。
「水原君、どうしたの?」
緊張する身体をなだめるように、背中に触れてくる優しい手に肩の力が抜ける。
「何があった?笠松」と再度問いかけた声は、自分でも驚くほど冷静だった。
「急に体調を崩して……黄瀬が家まで送って行きました」
「っ」
わずかに動揺する翔に対して、笠松は落ち着きを取り戻していた。