第82章 誰が為に鐘は鳴る
あの時、ダグを置いて先に教団に帰還などしなければ。
あの時、もっとコレットの実状に目を掛けていれば。
そうすれば落とさずにいられたかもしれない命。
お前は何者か?
───ブックマンを継ぐ者
ブックマンとは何か?
───ブックマンとは
世界の裏歴史を書き留め
後世へと繋いでいく者
一所に留まらず
ありとあらゆる場所を巡り
流離い
その目に歴史を焼き付け
記すのが役目
ブックマンはどう在るべきか?
───情を移さず
情に流されず
様々な人々と言葉を交わし
そして何事もなかったように
去っていく
"記録者"に感情は不要
ただ在るがままを
己が私情を交えずに
記さなくてはならない
今一度問う。お前は何者か?
───ブックマンの継承者
名は新しい場所に行く度に付け
そして移動する度に捨てた
今は黒の教団のエクソシストでもある
現在の名は───
何かに躓く度、何かに目を止める度、何かに後ろ髪引かれる度、言い聞かせてきた。
自分が何者であり、どう在るべきか。
自分が立っている場所を見失わないように。
そうしないと失った辛さで立てなくなる。
しんどさで立ち回れなくなる。
弱い子供のような自分の心が張った防護壁。
しかし。
「っ…今度は、逃げねぇから」
南を失ってしまったと思い込んだあの教団本部襲撃事件の日、ダグの死で穴を開けられても保っていた心は耐えられなかった。
後ろを向いていても、目を逸らし続けていても、言いようのない苦痛が伴った。
ならば同じ苦痛を感じながら、向き合おうと決意したのだ。
例え向かった先が、辿り着く所が、彼女の死であっても。
その存在から目を逸らし続けることの方が、南の否定に繋がると思ったから。
「ちゃんと、見届ける」
ぐ、と濡れた鉄槌の柄を握る。
顔を上げて、生気のない南の顔を見下ろした。