第1章 情けない狼~土方歳三編~
「……俺の……せいだ…」
「…………え?」
「俺が最後の夜に葛葉に言った。
何があっても逃げるなと。
どんな辛い事があっても逃げるなって言ったんだ。
だから……俺のせいだ。
俺が……葛葉を殺したっ!」
自分を責めるように叫ぶ俺の腕を君菊が掴んで大きく揺すった。
「それは違います。
土方さん………違うんですよ。
だって…葛葉は笑ったんです。」
「笑った………?」
君菊は俺の目を見つめて力強く頷いた。
「そう……笑ったんです。
こんなに幸せなのに、どうして逃げる必要があるのかって。」
「……幸せ…?」
「綺麗な着物を着せて貰って、
美味しい物をお腹一杯食べさせて貰って……
たくさん愛して貰って…幸せだって。」
「愛して貰っただと………
女の身体を傷付けるような奴だぞ?
そんなのは愛してるだなんて言えねえ!!」
「私もそう思いました。
だから葛葉が亡くなったって聞いて、葬儀に行ったんです。
大勢の人の前で、その人が葛葉に何をしたのか
ぶちまけてやろうって思って……。
行ってみたら、それはもう立派な葬儀でしたよ。
そこで、その人はわんわん泣いていたんです。
何度も葛葉の名前を呼んで、座棺に縋り付いて……
人目も憚らず大声で泣き叫んでいました。」
君菊の目にじわりと涙が浮かんだ。
俺は何も言えず、君菊の次の言葉を待つしか出来ない。
呼吸を落ち着けるように、大きく息を吐いた君菊がまた話し出した。
「その姿を見た時、ああ…この人はこの人なりに
本気で葛葉を愛していたんだと思いました。
その愛し方は私には理解出来ないけど……
でも葛葉はちゃんと分かっていたんでしょうね。
結局、その日は何もせずに静かに葛葉を見送って帰りました。」
君菊の手の中で簪がまたしゃらんと音を立てる。