第1章 情けない狼~土方歳三編~
「葛葉が……亡くなりました。」
「……………っ」
言葉が出ない俺を気遣うように、君菊はゆっくりと話を続けた。
「土方さんと別れてから直ぐに葛葉は身請けされました。
相手は立派な御大尽でしたよ。
お金持ちで、優しくて…世間の評判も申し分無い人。
どうしても葛葉を……と、望まれて行ったんです。
………唯、その人は……」
何故か君菊はそこから先を言い淀んだ。
「……何だ?」
俺は堪らずその先の言葉を催促すると、君菊は苦しそうに溜め息を吐いてから覚悟を決めたように言った。
「加虐性愛者だったんです。」
俺は想像もして無かった君菊の言葉にひゅっと息を飲む。
「普段は本当に良い人だったんです。
でも……その時になると、どうしても葛葉に傷を着けないと
満足出来ない……そういう人でした。
ある時……限度を越えてしまったんでしょうね。
事が終わって…そのまま眠って……
朝になったら布団の中で葛葉が冷たくなっていたそうです。」
俺の身体は小刻みに震え出した。
それが怒りのせいなのか、悲しみのせいなのか自分でも分からねえ。
震えたまま、やっとの思いで声を絞り出す。
「………どうしてそれが分かった?」
「一度、葛葉が島原の私の所を訪ねて来た事があって…
葛葉の身体は生傷だらけでした。
それはもう……痛々しくて。
それで、問い詰めたんです。
どうしてそんな傷だらけなのかって……。」
「葛葉が…自分で話したのか?」
俺がそう問うと、君菊はゆっくりと頷いた。
自分が傷付けられる話をしなければいけなかった葛葉はどれ程辛かっただろうか……その時の葛葉の気持ちを考えると胸が張り裂けそうになる。
「だから私は言ったんです。
そんな所、逃げ出して来いって……
島原に戻ってくればいいって……
でも葛葉は……逃げなかった。」
逃げなかった……その言葉を聞いた瞬間、俺は自分の足元が崩れて行くような感覚に襲われた。