第48章 欠けた力
不思議そうに見上げてくるカトレアのつぶらな瞳。
真実を告げなくちゃいけないのに、喉が締まってなんの言葉も出てこない。
「……村の、人たちに…急いで伝えてもらえる? ほら、新たな感染者が出ないうちに。」
なにを、言っているんだろう。
言うべきことは、他にあるのに。
「あ、そうだよねッ! すぐにみんなに教えてくる!」
そう言うと、カトレアは慌てて村人たちの家へ駆け出した。
その後ろ姿を、モモは愕然とした面持ちで見送る。
(わたし、逃げたの…?)
1番言わなくちゃいけないことを隠したまま、カトレアを遠ざけた。
それは、してはいけないことなのに。
伝えるのは、わたしの義務なのに。
「……おい。」
突然背後から声を掛けられ、ギクリと肩を震わせた。
今、1番聞きたくない声。
ぎこちない仕草で振り向くと、そこには家でキラーを看ていたはずのキッドがいた。
(……見られた。)
真実を誤魔化して、カトレアから逃げた姿を見られた。
こんなに狡くて汚い姿を。
責められるだろうか。
軽蔑されるだろうか。
最初は嫌いだとすら感じていた彼の心が、なぜだかすごく気になった。
激しく狼狽したモモに対して、キッドは無言だった。
責めもしないし、慰めもしない。
代わりに、手に持っていたものをモモへ投げ寄越す。
「……!」
咄嗟に受け取ったものは、くるりと丸めて紐で括られた羊皮紙。
なんだこれは、と問う前にキッドが口を開く。
「お前、もうこの島を出ていけ。」
「……え?」
なにを急に言っているんだろう。
わたしは、まだ…。
「病が治せねぇんなら、お前に価値なんかない。目障りだから、消えろ。」
「消えろって、そんなの無理…。」
確かに病気は治せないけど、モモにはまだやることがある。
「それに、島を出るって言ったって、わたしにはその方法だってないんだから。」
船もなければ、航海術もない。
モモひとりで、この海を生き抜くのは不可能だ。