第3章 不穏な心
「……これは確かにワインだ
でも、普通じゃない」
「え?」
「…村で俺の噂を聞いたことがある、と言ったな」
「あ…ええ」
あれ
何故話がワインからそこに飛ぶ
でも、やっぱりそう真剣な顔をされると途中で口を挟むなんてできなくて、私はただ赤司さんの話を聞いた
「じゃあ、俺がこの10年間人間を襲わなくなった、という話も聞いたか?」
「はい」
確かに聞いた
死んだんじゃないか、とか
村の人は滅茶苦茶言っていたけれど
「…その理由と、何か関係あるんですか?この…ワイン」
恐る恐る聞いてみた
赤司さんはちらり、と私を見て、
それからすぐにグラスに視線を戻した
「…10年前に、一度だけだったが
すごく美味しい血を飲んだことがあるんだ」
「美味しい、血?」
「あぁ、………人間の、ね」
私の手の下にある赤司さんの指が微かに震えている気がする
それでも、赤司さんは話を続けた
「俺は元々、血は好きじゃなかったんだ」
「あ…」
確か桃井さんも言っていた
吸血鬼なのに血が好きじゃないなんておかしいでしょ、って
「生きる為に必要だから仕方なく飲んでいたが、好きにはなれなかった
…だが、その血だけは本当に美味しかったんだ」
「……………」
「それで、その味を知って以来はそれまで我慢すれば飲めていた他の人間の血さえ飲めなくなった」
「…そんなに、美味しかったんですか」
「あぁ
他の人間の血が泥水のように感じる程にな」
「…泥水……」
そんなに美味しかったのか
それにしても、泥水って
ということは私の血も赤司さんにとっては泥水ということになる
…あれ、何だか悲しくなってきた
「だから、人間を襲わなくなったのは単なる好き嫌いの問題なんだ」
「…その、美味しい血の持ち主さん以外は吸わなくなった、ということですか?」
「いや、言っただろう?
一度だけだったが飲んだことがあると」
「一度だけ?」
「そう、一度だけ」
「…どうしてですか?」
純粋な質問に、赤司さんは少しだけ寂しそうな顔をした