第48章 【狂っている】
若干強がって兄さんばっかずっこいなどと言ってみたものの美沙は心臓がばくばくしていた。しかたあるまい、昼休みにひどく心が傷ついた一件があったところへまさかの事態が重なったのだから。
義兄の力と一線を越えてしまった。
美沙からすれば人生ひっくり返ったようなものである。烏野に来るまでは男子と友達にすらなったことがなく(むしろ遠ざけられていた)、当然深い仲になったことなどない。なのにまさか相手が誰よりも愛する義兄になってしまうなんて予想外だ。ずっと祖母の元で過保護気味に育てられ、長屋の箱入り娘と揶揄された事もある身の上には刺激が強すぎた。
"近いうちに兄妹の線踏み超えるんじゃねーか。"
先日岩泉に言われたことがまさかこんな近いうちに現実になるとは。
「美沙、大丈夫か。」
しがみつき、浅い息を繰り返す美沙に力が優しく言う。うまく声が出ず美沙はとりあえず頷いた。
「ちょっとびっくりさせちゃったな。」
「えと、その、ホンマ言うとまさか兄さんからこうなるとは思わんかった。」
力は困ったように微笑んだ。
「そうだな、でも俺は結構前からこうなっちゃうギリギリだった。」
「え。」
美沙は呟く。義兄もまた亡くなった祖母とは違う形で過保護だとは感じていた。流石に恥ずかしいと思って無駄な抵抗を試みた事も一度や二度ではない。しかしそこから先を深く考えた事がなかったのだ。美沙の表情を見て力はお前ね、と苦笑した。
「俺がいくら妹だからってあんなに抱っこすると思うか。」
「いや、でも兄さん優しいから」
言いかける美沙に力は阿呆と呟く。美沙に対しては馬鹿を使わない気遣いが力らしい。
「俺は好きでもない子にそんなこと出来るほど器用じゃないよ。」
「あ、う。」
「だから及川さんがウロウロし出した時困ったよ。お前は天然だしあの人はうまいこと言ってお前を引っ張り込みそうだったし。」
「あの、兄さん、目が笑(わろ)てへんねんけど。」
「ああ、ごめん、思い出したら薄く腹立った。」
美沙はこれアカンやつやと思った。機会があれば力は及川にミスった振りしてバレーボールをぶつけそうな気がする。そんな美沙を他所に力はそれは置いといてと言う。