第2章 帳
「さて、そろそろいい時間ですね。早く此処を出なければ、坊ちゃんのお出迎えに遅れてしまうかもしれませんね」
「誰のせいよ」
「……アリス様」
彼の指先が、彼女の顎をなぞる。アリスは汚らわしそうに、その手を払った。セバスチャンは何事もなかったかのように、手袋をはめて口元に笑みを浮かべる。
「行きましょうか、アリス様」
「貴方は誰の執事かしら? 冗談はやめて頂戴。誰が貴方と行くものですか」
「いい加減、名前で呼んで頂けますか? 先程、再会した瞬間のように」
「……セバスチャン」
セバスチャンは妖艶な笑みを浮かべたまま、彼女の耳元へ唇を寄せた。
「どうやら私は、貴女を見くびっていたようです。その甘美な香り……そそられますね、とても」
「……っ、煩い……気持ち悪い悪魔」
「今はいいでしょう」
そっと離れたセバスチャンは、扉へ手をかける。顔だけちらりと彼女に向け、呪いのように囁く。
「私は貴女が、欲しい。とても」
舌舐めずりをする彼に、アリスは眉間に皺を寄せ「最悪」と吐き捨てた。開け放たれた扉の前には、クライヴが怖い顔で待ち構えていた。
「おやおや、クライヴさんでしたね? お仕事ご苦労様です」
「同じ執事に労われる覚えはありません、セバスチャンさん」
「そうですか。では、お邪魔して申し訳ありません。私は主人を迎えに行く必要がありますので、一旦失礼します。また後程……」
セバスチャンの瞳には、アリスだけが映る。彼女は目を逸らし、クライヴの服の裾を掴んだ。クライヴはほっと息を吐くと、アリスの手を取る。