第18章 悪戯
「私はもう”ミカエル”ではないのですから」
あの日に戻ることはけしてない。だからこそ、彼女は彼をミカエルとは呼ばない。彼もまた、彼女をお嬢様とは呼ばない。互いが理解しながら、暗黙のルールのように一線を引いて互いを呼ぶ。
呼び合いながら、壊れていく。近づいておきながら、突き放して。
「知ってる……。だから、行かないでなんて……別に、深い意味なんてない。ただ、気付いたら口にしてただけよ」
アリスの抱きしめる力が弱まった。同時に、セバスチャンも腕を緩め自然と二人は離れた。
「言って、セバスチャンの驚く顔が見たかっただけよ」
「そうでしたか。これはまんまと、引っかかってしまいました」
ぎゅっと、アリスは肩にかけてある上着を掴んで先に歩き出した。セバスチャンは、その一歩後ろを歩く。
隣に並んで歩くことは、なかった。
会場の前へ到着したところで、アリスが扉に手をかける。
「お待ちください、アリス様。ここは私が、開けます」
「ん? あ、そうね……どうぞ」
その場を譲ると、セバスチャンはしっかりとドアノブを掴んで、扉を開けた。途端に響き渡すクラッカーの音と暖かい言葉。