第16章 雄英文化祭編
けれど、声はあくまで穏やかだった。
「ごめんなさい。そういうわけにはいかないので」
そう言って、彼らの横を通り過ぎようとした。
しかし。
「待ってって!」
ぐい、と手首を掴まれた。
「……っ」
おもちの足が止まる。
赤ん坊を抱いているため、すぐに腕を振りほどくわけにもいかなかった。
「そんなに冷たくしなくてもいいだろ?」
男子生徒は、彼女の手首を掴んだまま笑っている。
「ちょっとくらい付き合ってくれたっていいじゃん」
「……手を離してください」
声の温度が、明らかに下がった。
「え?」
「離して…!」
青い瞳が、真っ直ぐに相手を見据える。
その声には、もう愛想笑いの欠片もなかった。
けれど、男子生徒は手を離そうとしない。
「いや、だから、そんな怖い顔しなくても……」
「おいおい、せっかく誘ってやってんのにさ」
別の男子生徒まで、横から口を挟んだ。
「怒った顔も綺麗じゃん」
おもちは、心の中でため息をついた。
どうしたものか。
力ずくで振りほどくのは簡単だ。だが、赤ん坊を抱いた状態で乱暴に動けば、この子を危険に晒しかねない。
それだけは避けたい。
そのときだった。
「……おい」
背後から、小さな声が響いた。
男子生徒たちが、わずかに振り返る。
一番上の兄が、兄弟たちを背中にかばったまま、真っ直ぐに彼らを睨みつけていた。
その赤い瞳には、幼い子どもとは思えないほど強い怒りが宿っている。
「おねえちゃん、嫌がってんだろ」
小さな拳が、ぎゅっと握られた。
「見て分かんねぇのかよ?」
一瞬、廊下の空気が止まった。
おもちも、思わず目を見開く。
五歳の男の子は、彼女の手首を掴んでいる男子生徒を睨みつけたまま、一歩前に出た。
小さな体で、彼女を守ろうとしている。
自分よりもずっと大きな相手に、怯まずに。