第7章 新たな道標
「くそ…」
掠れた声が漏れた。
弥彦が何か言おうと一歩踏み出す。
しかし斗亜は先に立ち上がる。
竹刀を拾い、背を向けた。
「えっと…用事、思い出した」
短く言い残す。
そのまま道場を出ていく。
弥彦は呼び止めようとして、結局何も言えなかった。
廊下を歩く足音だけが遠ざかっていく。
一歩ごとに重い。
拳を握る。
震えが止まらない。
「(このままじゃ、守れない)」
胸の奥では、たった一つの言葉だけが何度も繰り返されていた。
夜更け。
神谷道場は静まり返っていた。
灯は落とされ、障子越しの月明かりだけが板間を青白く照らしている。
その静寂を切り裂くように。
シュッ。
竹刀が風を裂いた。
続けてもう一振り。
シュッ。
さらに一振り。
昼間よりも荒々しい音だった。
呼吸は最初から乱れている。
肩は大きく上下し、
額から流れた汗が顎を伝って畳へ落ちる。
それでも止まらない。
踏み込む。
振る。
戻る。
また踏み込む。
もう型ではない。
飛天御剣流でもない。
ただ速さだけを追い求める竹刀だった。
「…っ」
足が流れる。
踏み直す。
また振る。
昼の光景が離れない。
弥彦の竹刀。
喉元で止まった切っ先。
「大丈夫か?」
あの心配そうな声。
その一言が何度も胸を抉る。
「違う…」
振る。
「違う」
また振る。
「違うんだ…!」
竹刀が大きくぶれる。
呼吸はさらに乱れる。
視界の端が暗く霞む。
それでも止められない。
遅い。
重い。
届かない。
体が言うことを聞かない。
踏み込みが甘い。
戻りも遅い。
間合いも見失う。
「くそっ!!」
床板を叩き割るような勢いで踏み込む。
竹刀を振り下ろす。
掌へ衝撃が走る。
右手へ巻いた手拭いがずれる。
傷口が開き、赤い染みがじわりと広がった。
そんなことは構わない。
構っていられない。
振る。
振る。
振る。
「斗亜」
静かな声が背中から届く。
斗亜は止まらない。