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緋色の誓い

第7章 新たな道標



「何だよ…」

もう一度握る。

竹刀を拾い上げる。

振りかぶる。

肩まで持ち上げたところで腕が止まった。

鉛でも巻き付いたように重い。

そのまま、また指先から竹刀が滑り落ちた。

コトリ…。

「何でだよ…」

しゃがみ込み、再び拾う。

両手で握る。

踏み込む。

振る。

遅い。

分かる。

自分の体なのに、思った通りに動かない。

昼間と何も変わっていない。

一歩も。

一太刀も。

「くそ…」

膝をつく。

肩で荒く息をする。

喉が焼けるように熱い。

汗が畳へ落ちていく。

頭に浮かぶのは戦場ではない。

もっと嫌なものだった。

間に合わない未来。

目の前で誰かが倒れる光景。

守ろうと伸ばした手が届かない。

竹刀は届かず、足は動かずただ見ているしかない自分。

その姿だけが何度も浮かぶ。

「それだけは…」

声が震えた。

「それだけは嫌なんだ…」

その時だった。

ガラッ。

静かな道場に戸の開く音が響く。

「まだやってたのか」

弥彦だった。

斗亜は反射的に竹刀を拾い上げる。

何事もなかったように構える。

「何でもねぇ」

「何でもなくねぇだろ」

弥彦はゆっくり近付く。

畳へ落ちた汗。

乱れた呼吸。

血が滲む手拭い。

全部目に入った。

「やり過ぎだって」

「平気だ」

「全然平気じゃねぇ」

「平気だ」

視線を逸らしたまま繰り返す。

まるで自分自身へ言い聞かせるように。

弥彦は困ったように頭を掻いた。

「剣心に一本取られたくらいで、そこまで…」

その瞬間。

斗亜の肩がぴくりと震えた。

空気が変わる。

ゆっくり顔を上げる。

「違う」

低い声だった。

「負けたからじゃねぇ」

その目には悔しさではなく、焦りだけが宿っていた。

「守れねぇかもしれねぇ自分が嫌なんだ」

その一言に、弥彦は何も返せなくなる。

道場に沈黙が落ちた。

しばらくして弥彦は小さく息を吐く。

「今日はもうやめとけ」

返事はない。

弥彦はそれ以上何も言わず、静かに道場を後にした。

戸が閉まる。

再び静寂。

斗亜は竹刀を握り直す。

ゆっくり構え、深く息を吸った。

シュッ。

夜の道場に、竹刀が風を裂く音だけが静かに響き続けた。
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