第1章 静かな返却台
雨上がりの図書室は、紙の匂いまで少しやわらかい。閉館を知らせる校内放送が流れたあとも、あなたは返却台の前で足を止めていた。読み終えた本を胸に抱えたまま、次に借りる一冊を決めきれないでいると、高い棚の向こうから声がする。
「まだ探しもの?」
振り返ると、司書当番の彼が困ったように笑っていた。いつもは静かな人なのに、あなたが本棚の前で迷っている時だけは、なぜか見つけるのが早い。
「恋の話が読みたい気分で……でも、重すぎるのは今日は違うかなって」
そう答えると、彼は少し考えてから、一冊の文庫を差し出した。
「じゃあ、これは? ちゃんとときめくのに、最後はやさしいよ」
表紙を見つめるあなたに、彼は小さく付け足す。
「読み終わったら感想、聞かせて。……できれば、最初に」
窓の外で、街灯に照らされた雫がきらりと落ちた。たったそれだけなのに、胸の奥で何かが静かにほどけていく。
本より先に、返したい言葉が見つからない。だからあなたは、その一冊を大事に抱えて、そっと頷いた。