第40章 黒い人
ここに来て、ようやく私は理解しました。
姉は、祖母を喰っていたのです。
そして強烈な違和感があったのは、姉の表情です。口は真っ赤に染まっているのに、目つきや表情は普通の姉のままでした。まるで、普通に食事をしているところに、妹が帰ってきたので振り返った、そんな風でした。
実際に、
「おかえり」と笑顔で言ったのです。
何事もなかったかのように。
私は腰が抜けてしまったのか、その場にヘナヘナと座り込んでしまいました。人間は怖さの限界を超えると、本当に立っていられなくなるんだなと妙な感心のしかたをした覚えがあります。
そんな私を尻目に、姉はまた、祖母の方に向き直ると、クチャクチャと音を立てて喰らい始めました。
『逃げなきゃ』
そう思っても体が言うことを聞きません。このままじゃ、と思っていると、後ろから大きな手で抱きかかえられ、私はそっと客間から引きずり出されました。
私を引っ張り出したのは大叔母でした。
驚いて私が声を立てようとすると、「しっ」と人差し指を口に当て、
「静かに。そっと離れれば大丈夫だから。あれは、すぐには襲ってこないよ」
そして、そのまま台所まで抱きかかえるように連れて行かれました。
「大叔母さま、あれ、あれ・・・・」
部屋から離れてやっとまともに声が出ました。大叔母は、ため息をつくと、こう言いました。
「いいかい、すぐに、ここから離れるんだ。お母さんは村の寄り合い所に行ってるはずだから、そこにいくと良い。お母さんと、お父さんには、『お姉ちゃんがアレに入れ替わられた』と、伝えておくれ」
そして、流しの下から一番大きな出刃包丁を取り出すと、
「あたしがいながら・・・済まないね・・・」
そう言って、客間に向かっていったのです。
やっと動けるようになった私は、音を立てないよう、大急ぎで玄関から逃げ出すと、一目散に母がいるという寄り合い所に向かいました。
大叔母から言われたことを伝えると、母は真っ青になり、震えてしまいました。
母が連絡し、父が来ました。3人で家に戻ったのは、もう夕暮れ時も過ぎた頃だったと思います。家には救急車と数台のパトカーがきており、大騒ぎになっていました。母も、父も、警察から事情聴取を受けるということで、そのまま警察署に連れて行かれてしまいました。