第8章 口下手な彼は彼女と暮らしたい 【鬼滅の刃 冨岡義勇】
数週間後。
いのりは、着物の裾を捌きながら、屋敷の中を忙しなく動いていた。
「いのりさん! すみません、そっちの包帯を持ってきてもらえますか?」
「はい、アオイさん。すぐ行きます!」
お世話になるだけでは申し訳ない、と志願して手伝いを始めたいのりだったが、その丁寧な仕事ぶりと、どこか儚げで守りたくなる雰囲気は、すぐに隊士たちの間で話題になった。
「あ、あの……いのりさん! 昨日は怪我の手当て、ありがとうございました。これ、任務の帰りに見つけた可愛い飴です。食べてください!」
「えっ、いいんですか? ありがとうございます」
微笑むいのりに、若い隊士は顔を真っ赤にして逃げ去っていく。
「ふふ、相変わらず大人気ですね、いのりさんは」
薬を調合していたしのぶが、悪戯っぽく微笑みかけた。
「そんな……。私はただ、皆さんの役に立ちたくて。……ここは、本当に優しいところですね。禪院家では私のような力のない人間は価値がないと言われていたから」
ふと表情を曇らせたいのりに、しのぶが手を止めようとしたその時。
「……何をしている」
不意に、背後から低く落ち着いた声がした。
「あら冨岡さん。お帰りなさい」
「冨岡さん! お怪我はないですか?」
駆け寄るいのりに、義勇は一瞬だけ視線を泳がせ、それからポツリと答えた。
「……かすり傷だ。案ずるな」
「ダメですよ、ちゃんとお手当てしないと。こちらへ」
いのりに袖を引かれ、義勇は抵抗することなく大人しく診察台に座った。その様子を見ていたしのぶが、くすくすと笑い出す。
「おや、冨岡さん。貴方、アオイ達が手当てしようとすると『放っておけ』って逃げるくせに、いのりさんの言うことは聞くんですね?」
「……別に、そんなことはない」
顔を背ける義勇だったが、いのりの指先の温かさに僅かだけ目を細めた。
「……いのり」
「はい?」
「……ここは、お前の居場所だ。無理に前のことを思い出さなくていい」
真っ直ぐな、けれど不器用な優しさがこもった瞳。
「……はい! 私、ここで精一杯頑張ります」
満面の笑みを見せるいのりを、義勇はまた不思議そうな、どこか落ち着かないような顔で見つめ返すのだった。