第10章 参の社
参の社に着く頃には辺りは雪催い、重い暗灰色の雲が空を覆って空気が一段冷え込んでいた。
赤い鳥居の幾つも連なる長い石段をのぼり、大鳥居に辿り着いたところで霜刃が鬼鮫を振り返った。
丈高く千歳緑の黒味がかるほど濃い杉の聳える境内に、ひらひらと雪が散らつき出す。
「ここまで」
青い羽織を北颪に靡かせ、鬼鮫を見る霜刃の目は表情もなく冷たい。
「境内に入る」
鬼鮫は目を眇めて霜刃を見返した。足元に猪肉の入った背負子を下ろし、鮫肌を担ぎ直して大鳥居の向こう、随神門を見遣る。
成る程。正真神域を語った社か。
向かって右側に朱く小体な社が見える。あれが本巫女のいる社だろう。
神域の手前。
鬼鮫は背負子を片手で掴み上げ、黙って足を踏み出した。
「鬼鮫」
小枯が呼び止めて鬼鮫は足を止めた。
「神域には入らない。いいな?」
真の神域は大鳥居を越えた随神門の結界の向こう。
そういう体裁になっている。
「参道を外れるな。正中を空けて歩け」
鬼鮫が小枯に答える前に霜刃が言い捨てて歩き出した。
「鬼鮫」
小枯が鬼鮫の外套の裾にそっと触れた。
「大丈夫だから」
肌に触れないのは場を弁えてのことだろう。むしろ引き寄せたくなるのを堪えて鬼鮫は小枯の背中に掌をひたとあてた。
「わかっていますよ」
衣越しに小枯の熱が伝わって来る。多分、小枯にも鬼鮫の熱は伝わっている。
小枯の背を押して、鬼鮫は笑った。
"大丈夫"。
そうでなくてもそうするだけだ。
手はいくらでもある。それは鬼鮫にしてみれば面目躍如ですらある。
今の鬼鮫はただ小枯の為だけに手順を踏んでいるだけなのだから。
参道の左端を歩きながら鬼鮫は横目に朱い社を見た。
降り出した雪と千歳緑の中、社はその色の艶やかさとは裏腹に境内の景色に馴染み、美しく在る。
「先ず本殿で宮司に挨拶しなければならない。それから霜刃は還魂の奉納に立ち会う。ー私は南天に会う」
小枯も、朱い社を見ている。
矢張りあれが南天とやらの籠る社。
随分手薄だ。
誰も何も疑っていないからこそだろう。
凍み鎌と霜鎌だけの企み。雨露が他を引き込まず、最少人数だけで事を成そうとしているのは南天を拐い出す算段も頭に入れてのことだったと解る。
里の中枢の息のかかった社は今のところその威信に何の疑いも持っていない。