第1章 死にたがりに口づけを
「今日は飛び降りないの?」
「そんなに飛び降りて欲しいの?」
ソフトクリームを片手に、天使の悪魔は今日もカナタと屋上で佇んでいた。膝を抱えて座り込むカナタの頭上、給水タンクの細い足場に腰掛けて、天使の悪魔は地上を見下ろしている。
「いや、死にたいならここからいなくなろうかなって。余興にされるのは癪だって言ってたから」
「ああ、そういえばそんなこと言ったっけ」
カナタはいつも、黄昏時にここにいる。
お互い奇妙な日課になってしまっているが、なぜかそれについてどちらも言及することはなかった。
カナタは、遠くの空を飛んでいるカラスを見ながら言う。
「飛び降りないよ。結局、生きる意味も死ぬ理由も、なんだかよくわからなくなっちゃって」
そして、カラスから視線を天使の悪魔へと向けた。取り繕った笑顔を作る。
「私の仕事って、人の不幸の上に成り立ってるから」
天使の悪魔にとって、それはカナタが発した言葉の中で、初めて興味を引くものだった。
「葬儀屋でもしてるの?」
カナタは救急外来の看護師をしていると答えた。
「毎日毎日運ばれてくるんだ。悪魔に傷つけられた沢山の人達が」
それを悪魔である自分に向けて話すカナタは、一体どんな気持ちなのだろう。
そう思い、天使の悪魔は、興味本位でカナタの話に耳を傾ける。
「運ばれてきても、ほとんどの命が助からない。痛い、苦しい、楽にして、そう言われながら救命処置をしても、結局は救えなくて、苦痛の果てに命を落とす。助かったとしても、普通の生活に戻れる人はほんの一握り。大抵は、後遺症で生き地獄が待っていて、死にたい、死にたいってうわ言を繰り返す。そんな患者を見る度に無力感に苛まれる。それなのに、遺族には感謝される。最後までありがとうって」
一瞬、天使の悪魔を見つめるカナタの表情に、憎しみが宿った気がした。けれどそれは、悪魔である自身に向けられる当然の感情なので、天使の悪魔はさほど気にも止めず、アイスがついた指を舐めた。