第20章 「君の心をさらったその日から**」
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とある郊外の住宅街。
夏の太陽が、容赦なくアスファルトを焼いていた。
遠くで蝉がけたたましく鳴き続ける中、
舗装された細道の端に、一台の黒塗りのセダンが停まっていた。
その車内には、緊迫――
というより、じわじわと“別の種類の恐怖”が充満していた。
「……あ、あの……五条さん」
運転席の伊地知は、恐る恐る後部座席に座る五条に声をかけた。
返事はない。
五条は片肘を窓枠に預け、目隠し越しに遠くの空を見ている。
「JAFが来るまで……あの、1時間くらいはかかるかと――」
「溶けてる」
後ろから低く響いたそのひとことで、伊地知の背筋が跳ねた。
ミラー越しに、視線がぶつかる。
「アイスケーキ、溶けてんだけど……」
「この日のために、仕事巻いて、わざわざ都内で寄り道して――」
「並んだんだよ、僕が。日傘さしたマダムたちに混ざって」
「暑い中我慢して。頑張ったのに」
「は今日に限って実家帰ってるし、会えないし」
ぶつぶつと独り言が続いている。
だが、それが逆に怖い。
怒鳴られたほうがマシだと思うレベル。
(やばい。これは、いつもの“だる絡み”じゃない……)
伊地知は額に滲む汗を拭いながら、視線を前方に戻した。
なぜこのような状況になったのか、伊地知は思い返した。
任務帰り、突如エンジンから白い煙が上がった。
そこまで辺鄙な場所でもなく、JAFを呼べばすぐ来ると思っていた――が。
夏休み。レジャーシーズン真っ只中。
重なりすぎた悪条件の中、JAFは未だ到着せず。
エンジントラブルのため、エアコンも沈黙したまま。
車内の気温は……もうすぐ三十五度を超えるだろう。
アイスケーキは保冷バッグに入れていても、猛暑に一時間はさすがに厳しい。
(JAFさん、どうか……どうかこの暑さと五条さんの機嫌が限界を迎える前に……!)
そう願った、そのときだった。