第6章 甚爾という男
紫苑は思わず吹き出した。
「何それ。あなた、私に金使ったことないじゃない」
甚爾は軽く笑う。
「そりゃそうだろ」
ここで「金がない」と言う必要はない。
そんなことを言えば、「じゃあ何で夜遊びしてるの?」という疑問が生まれるからだ。
だが、紫苑はその言葉を聞いて、ほんの少しだけ考える。
(——気づけ)
甚爾はそう思いながら、紫苑の表情をじっと見る。
「気づかせる」のが、次の段階だった。
紫苑は何かを言いかけたが、煙を吐きながら言葉を変えた。
「でも、あなた、ホストにハマる女よりはマシね」
「は?」
「ホストに何百万も使う女っているでしょ? でも、私だったら——」
紫苑は、ふと口を噤む。
甚爾は、そこでわざと目を逸らした。
(……ここで言わせるのが大事なんだよ)
紫苑は、次の言葉を選ぶように視線を揺らす。
(言え)
(気づけ)
——そして、紫苑の唇が、静かに動いた。
「……あなたに使う方が、まだマシよ」
甚爾は、それを聞いた瞬間、勝利を確信した。
紫苑自身が「金を出すこと」を正当化した時点で、もう「出さない理由」はなくなった。
この言葉を引き出すまでが、甚爾の狙いだった。
甚爾は、紫苑を見た。
「へぇ」
紫苑は、照れ隠しのように煙草をくゆらせる。
(これでいい)
甚爾は、ゆっくりと手を伸ばし、紫苑の腰を引き寄せた。
「……じゃあ、そうしてもらおうかな」
紫苑の指が、一瞬だけ緊張する。
だが、もう答えは決まっている。