第6章 甚爾という男
それから数日後。
甚爾は紫苑の部屋のソファに座っていた。
店が終わる頃、深夜に連絡をすれば、紫苑は当然のように呼んでくれる。
甚爾にとって、ここまでは既定路線だった。
「水、飲む?」
「いや、いい」
紫苑は少しだけ意外そうに眉を上げた。
(今まで、酒を断ったことはなかったからな)
これも、「紫苑の中の甚爾のイメージを少しずつ変える」ための一手だった。
「仕事、疲れんだろ?」
紫苑が驚いたように視線を向ける。
甚爾が紫苑の仕事について言及することは、ほとんどなかった。
だからこそ、この言葉が効果を持つ。
「……まあね」
「無理してんじゃねえの?」
「無理くらいするわよ。仕事だもの」
甚爾は、それ以上何も言わない。
ただ、紫苑の表情を観察する。
(そろそろ、仕掛けてもいいか)
「お前さ、店で売上気にするタイプ?」
紫苑はグラスを持ったまま、少しだけ笑った。
「当然でしょ。ホステスなんだから」
甚爾は軽く顎を撫でる。
「客って、やっぱめんどくせぇ?」
「そりゃまあ、色々ね」
紫苑は煙を吐きながら言う。
「まあ、私には関係ないけど。どうせ皆、金落としてくれるし」
——まだ、この段階では「困ってる」とは言わない。
だからこそ、甚爾は次の言葉を挟む。
「……ふーん。でも、客ってバカじゃねぇの?」
紫苑は少し驚いた顔をする。
「何それ」
「だって、飲むだけで大金払うんだろ」
紫苑は苦笑した。
「そういうものでしょ」
「お前も、バカな男に乗っかってるわけか」
「まあ、そうね」
甚爾は、一拍置いてから呟いた。
「——そう考えたら、俺っていい客じゃね?」