第6章 甚爾という男
答えはもう決まっているのに、紫苑は「どうしよう」と考え込む。
甚爾はただ、黙って待つ。
その沈黙すらも、紫苑にとっては「自分で選んだ」と思い込むための時間」になる。
——数秒後。
『……いいけど』
甚爾は短く「じゃあ、行く」とだけ言って通話を切った。
紫苑の「選んだつもり」を、最後まで崩さないように。
紫苑の部屋へ向かう間、歩きながら甚爾はスマホをポケットに滑り込ませる。
紫苑は、もう「狩り場」に入った。
このまま数回、同じことを繰り返せばいい。
紫苑が自分から「会いたい」と言い出すようになれば、もう手間はかからない。
(——あとは、どこで金を引くかだな)
今夜は、特に何も要求しない。
焦れば紫苑は引くだろう。
じっくりと間合いを測りながら、「助けてやる」という体で金を出させるタイミングを作る。
そのためには、まず「必要とされる存在」であることを、紫苑に認識させることが先決だ。
——つまり、
今夜は、紫苑の話を「聞いてやる」時間になる。
紫苑が、甚爾のことを「必要な存在」だと思うように仕向ければ、それでいい。
甚爾は歩きながら、ポケットから煙草を取り出した。
ライターを擦り、火をつける。
深夜の冷えた空気が、じんわりと肺に広がる。
(……さて)
紫苑のマンションが、見えてきた。
甚爾は、軽く口角を上げた。