第1章 独眼竜なんて怖くない
「いっぱい人がいてこわかった!」
「逃げてたのかよっ! っていうかさ、なんなのその顔」
幸村の頬は上気したかのように赤らんでいた。燃え盛る本人の心を形にしたような眉は情けなく八の字を描き、その下にある瞳からはとめどなく流れる涙が幾筋も残る。形の良い鼻は何度も鼻をすすったのか真っ赤に腫れていた。
泣き腫らした子供をそのまま体現した様子。幸村の子供時代を知る佐助でも見たことがないくらいぐずぐずだった。
佐助は心底嫌だとでもいうように顔を歪めて言った。
「真田の旦那はそんな顔しないから! ちょっとーホントにやめてくんない?」
「さしゅけえぇ。鼻水でだああ」
粘度の高そうな透明のぐしゅぐしゅをひっさげた顔が佐助に迫る。
「うわっ! 汚なっ! 腰にちり紙あるから、チーンしなさい! チーン!!」
返り血染み込むその服に今更であるが、嫌なものは嫌なのか、慌てて自身の忍服をまさぐる佐助。
が、時すでに遅し。
「待て待て待て! まさか……なあ、それはないよね?」
「ごめんて」
「落ちろ」
佐助の長い脚が空を切る。この状態で避けるとは成長したなと弟子の成長を喜ぶ師匠のような表情で感慨深くうなずいてみて、即座に顔色を変えた。視界の端で空の青さに吸い込まれるその姿に。
「ちゃんと掴まってなさいよ! お馬鹿ぁああー!」
その声は彼方まで響いた。