第16章 Matthew10:34
「…やってないんだよ。智は…」
そう言ったら、雅紀さんは黙って俺の腕を掴んだ。
強引に引っ張られて立たされると、俺をソファに座らせた。
「…で?智はどうしたいんだって?」
「智は…あの事件の真相を知りたがってる」
「なんでだよ?なんで今更そんな事」
「じゃあ、雅紀さんは…もしも家族や友人が誰かに殺されたら、それが誰にやられたのか、知りたくないんだ?」
「そりゃ…そりゃ、知りたいさ。なんだよ…智は復讐でもしようってのか」
「…そうじゃ、ないよ…まだ智はそこまで考えられていないと思う」
ぐしゃぐしゃとまた、髪を掻く。
いつも俺を言葉で嬲る雅紀さんが、ちょっと混乱しているように見えるのがおかしかった。
「でも智は今、裏社会で生きてる。真相がわかったところで、もう陽の当たる道なんて戻ることはできないじゃないか」
「違うと思う。そういうことじゃ…ないと思う」
「じゃあ、どういうことなんだよ?」
「智は自分がやってしまったと思いこんでいたから、犯人が存在することを認知してなかったんだ」
「……は?なんだ、そりゃ」
雅紀さんは俺と向かい合うように、ローテーブルを挟んでフローリングに座りこんだ。
「智にとってご家族を喪ったことは、とてつもないトラウマになってたんだ」
「ああ…それはアンタから聞いた」
「自分がやってないってことは、他に犯人が居るって単純なことに、智は今の今まで気付けなかったんだ」
「つまりそれほど、智はあの事件について考えることができなくなってたってことか?」
話の理解が早い。
きっと、雅紀さんも智のことずっと見てきただろうから、だから分かるんだろう。