第2章 ℍ𝕒𝕣𝕕𝕖𝕟𝕓𝕖𝕣𝕘𝕚𝕒
そう言えばお母さんに返信しておかないと…
信号を渡り終えたあと既読スルーにしたままだったことを思い出し、ポーチに手を入れてスマホを抜き取ろうとする。余計に心配かけさせる訳にはいかないからこういうことは気をつけないと…
『あれ、ない…』
ないというのはスマホもそうだけど、首にかけていたポーチ自体なくなっているのだ。嘘…落したのかな、だとしたらいつ…
ブォン!ブォン!ブォーン!!
巨大なエンジン音に引かれ、後ろを振り向くと、さっきの優しい人が派手な装飾が施されたバイクに跨っており目を疑う
先程とは打って変わった荒々しい姿にどきりとする。男の人は私の視線を感じるなり、横顔だけ覗かせ二ヤリとして見せる。
そして…私のポーチを片手にブラブラと上で振り上げる
『な…どうし…てっ』
男は私の動揺した顔を見るなり、愉快そうに笑い「有り難く使わせてもらうねー」と言っているように聞こえた
自身の顔から血の気が引いていくのが分かる
パクられたんだ…そもそもどうしてあそこにお財布があるってなんでっ
混乱して頭が働かない中、男が再びエンジンを切りバイクを出発させようとしていた
『っ…!』
追いかけようと進めた足は一歩で留まってしまう。主張の強い残酷な赤信号。言ってる場合じゃない…けど
果たして私が行ってどうなるの
相手はバイクで到底敵いっこない…
どうやってパクったとか
なんで分かったとか
そんな事いとも簡単に結論が出る
そういう"個性"を持ってるんだ
焦燥感の次は虚無感に襲われる。追いかけなきゃとは思うのに体が聞いてはくれない。男が行ってしまう、スマホがないと困るし…その中にはっ
伸ばした手を振り払うようにバイクは排気ガスを噴出し走り出していく。
『…かく…くれた…のに』
あんなに優しそうな人に騙されたことがショックだったのかもしれないし、自分の危機感のなさを責めたかったのかもしれない。
纏まらない頭を抱えたまま私は走行していくバイクを追いかけた。バイクに劣るスピードで息を激しく吐きながら、ただ埋まらない距離を必死に走った
ヒーローになるなんて程遠いと思ったあの日
私たちは出逢った
「流石にバイクには追いつけねぇだろ」
。.それは音もなく突然やってくる.。○