第2章 華麗なる危険な時代
「父上、杏寿郎です。失礼します」
返事は無かったが襖を開けて中に入った。部屋の中央に着流しを着た父が書物と共に寝ていた。こちらには背を向けていたが、起きているようだったので側に座る。
「父上、杏寿郎は今から藤襲山へと行って参ります!帰りは7日後になります。その間、千寿郎の事を宜しくお願い致します」
父の背中に頭を下げた。
近くで見ると、ゆっくりと呼吸している父の背中が、僅かに緊張したように見えた。
いつものような、言葉が返ってくるかと思った。
『お前も千寿郎も、大した才能などない』
『柱は俺の代で終わりだ』
これまで何度も言われた言葉が脳裏に浮かぶ。
「……………」
父からの餞別の言葉が何であったとしても…父の声を聞いてから行きたかった。初めて命をかけて彼の地へと向かう時、家族の記憶が心の拠り所となる。
暫く待っていたが、父からの言葉は無かった。今日は、酷い言葉を投げつける気にはならないのだろうか。杏寿郎には父が起きているのが分かっていた。
「父上、それでは杏寿郎は行って参ります」
もう一度頭を下げてから杏寿郎は父の部屋を後にした。残るは弟の千寿郎だ。今の時間、部屋にいて勉強しているであろう弟の部屋へと向かった。