第3章 香久夜の過去
ゆっくりと目が覚めた。
瞼が重くて、息を吸い込むたびに胸の奥が少しだけ痛い。
でも、それよりも――なにか、温かい気配がすぐそばにある。
視線を横に向けると、伏黒恵がいた。
ベッドの端に横座りで、壁にもたれてうつらうつらと舟をこいでいる。制服のジャケットを脱いで、白いシャツの袖をまくっていて、左手には読みかけの文庫本。
「……恵、くん……」
かすれた声でそう呼ぶと、伏黒はすぐに目を開けた。
ぱっとこっちを見て、ほんの一瞬だけ、ほっと息をついた
ような顔をする。
「起きた? ……具合、どうだ」
「……だいじょうぶ。すこし、重いけど……もう平気」
「そっか。よかった」
静かなやりとりだったけれど、その中にたくさんの感情が詰まってる気がした。伏黒は立ち上がって、布団に近づいてくる。そっと額に手を当ててきた。
「……熱はないな。けど、無理すんなよ」
彼の手のひらは少し冷たくて、でもその冷たさが逆に心地よかった。
安心してしまって、目を閉じそうになる。
「……夜、ずっと起きてたの?」
「ううん、少し寝た。」
「……ごめん、ね」
「謝らなくていい。俺がやりたくてやってる」
彼の声は、いつもよりもずっとやさしい。
そのまま、伏黒は小さく息を吐いて、言った。
「ほんとは、少し怖かった」
「お前が目、開けないままだったらって思うと……どうにかなりそうだった」
その声はひどくまっすぐで、素直で。
思わず、香久夜の胸がきゅっと鳴る。
「だから……目、開けてくれて……ほんとに、よかった」
彼の言葉は、呪いみたいに残るのに、あたたかくて、涙が出そうだった。
「……ありがとう、恵くん」
言葉にするのが精一杯だった。
感情が胸の中で渦を巻いて、すぐに涙になってしまいそうだったから。
ふと、伏黒の手が香久夜の髪に触れる。
一度だけ、なでるようにして、そっと離れた。
「まだ少し寝ろ。……ちゃんと起きたら、飯、食わせるから」
「……うん」
ふたりきりの静かな朝。
彼のやさしさが、肌に触れるよりもずっと、あたたかかった。