第7章 葛藤
「ですが……いいでしょう」
静かな、けれど揺るぎない声だった。七海は五条を真っ直ぐに見据える。
「彼女を『バケモノ』にも『都合のいい道具』にもさせないためなら、引き受けます。……その代わり、私が教えるのは呪術の戦闘技術だけではありませんよ。生きること、学ぶこと、一人の人間としての当たり前の生活です。私の指導方針に、あなたからの余計な口出しは一切認めません」
その言葉を聞いた瞬間、五条の目隠しの奥の表情がパッと明るくなり、いつもの軽薄な笑みが戻った。
「決まりだね! さすがナナミン、頼りになる〜!」
「……それと、指導料と家庭教師代はしっかり請求させていただきますから、覚悟しておいてください」
冷めきったコーヒーを飲み干し、七海は立ち上がった。その背中にはすでに、一人の少女の人生と未来を背負う「大人」としての覚悟が宿っていた。
ーー
ー
—これが、「かぐや姫」。
七海の目の前で、少女は遠慮がちに視線を泳がせていた。
華奢で、幼くあどけないはずなのに、その佇まいには恐ろしいほどの品格と異質さが同居している。
「……あ、あの……?」
怯えたように小さな唇が開かれる。
吐息がかすかに空気を揺らした瞬間、七海は己の皮膚が、そして体内の呪力が僅かに波打つのを感じ取った。
今この瞬間も、私の呪力は彼女の一挙手一投足に影響を受けている。
五条の言葉は狂気の戯言などではなく、疑いようもない事実だった。
信じがたい。
だが、確かに——目を奪われる。
息を呑みそうになる感覚を理性で押し殺し、七海は香久夜の前に静かに膝をついた。
「一級呪術師の、七海と申します。五条さんから申しつけられ、今日からあなたの家庭教師になりました。どうぞよろしく。」
胸ポケットからハンカチを取り出して差し出し、己の眼鏡の位置を静かに直す。
その瞳に宿るのは、この少女を「バケモノ」としても「道具」としても扱わせないという、大人としての不退転の決意。
——こうして、七海建人の過酷な「契約外業務」が始まった。