第5章 暴走
「つっ……!?」
抱きしめた瞬間、恵の身体に稲妻のような激痛が走った。
香久夜の体表から漏れ出す過剰な呪力が、恵の『印』を通じて直接体内に流れ込んでくる。
魂が削られるような痛み。しかし、恵は彼女を離さなかった。むしろ逃がさないように、彼女の腰と背中に腕を回し、力任せに抱き寄せた。
「……あ……う…めぐみ…くん…」
恵の匂い。恵の体温。恵の力強い腕。
五感が過敏になり、恐怖に狂いかけていた香久夜の脳裏に、本能的な「救い」の確信が走った。
(……恵くんだ……やっと、助けてくれる人、が)
闇雲に印の相手を求めていた香久夜の瞳に、ほんの僅かな本能の光が宿る。香久夜は手探りで恵の首筋に両手を回すと、暴風の中で恵の顔を引き寄せ——その唇を、力任せに奪った。
「んむっ……!?」
重なる唇。
香久夜は血を欲するように、過敏になった自分の傷口を癒すように、恵の下唇を強く噛み切った。
ぷつり、と赤い血が弾ける。
恵の唇から流れる温かい血と、香久夜が殴られて切れていた口内の傷口が、ぴったりと重なり合った。
血と血。傷と傷。
ふたつの口内が激しく交わり、互いの生臭い血の味が舌の上に広がった瞬間——ふたりの全身に刻まれた『黒い印』が、眩いばかりの神聖な光を放った。
「ん……っ……ふあ……っ」
「ん………っ」
傷口を通じて、香久夜の体内で渦巻いていた暴走呪力が、互いの血の旋律に乗って恵の体内へと一気に雪崩れ込んでいく。恵は突っ伏しそうになる激痛を歯を食いしばって耐える。
重なり合う唇から、情熱的で苛烈な吐息が漏れ出す。
互いの血を舐め取り合い、傷口を重ね合わせる激しい接吻。
狂乱していた香久夜の過剰な呪力は、恵という唯一の「器」を得たことで、ゆっくりと、けれど確実に恵の体内へと分散・吸収されていった。
「……はぁ……っ……ん……っ」
あんなに猛威を振るっていた青紫色の暴風が、嘘のように凪いでいく。
香久夜の絶叫のような呼吸は、徐々に穏やかな寝息へと変わっていった。瞳の焦燥は消え、過敏になっていた全身の緊張がふっと解ける。
「……ん……めぐみ、く…」
小さく愛しい名前を呟くと、香久夜は恵の腕の中で疲れ果てたように深い眠りへと落ちていった。