第72章 お題夢「冬」+ α / コミュニティ内で募集
夜の宮中は、息を潜めていた。
白砂の庭に淡雪が舞い、朱塗りの回廊は薄霜を纏い、灯籠の火は金色の霞を細く揺らす。
ここは月宮。
まだ皇弟が後宮を作る前、ただ一人のために設えられた静謐の御殿。
壬氏が、自らの手で選び、誂え、磨いた宮。
ひとを住まわせるのではない。
愛を安置するために生まれた場所だ。
御簾の奥では、沈香がほのかに燻る。
冷気の中、香は氷の粒となって溶け、薄闇に金の尾を引いて消える。
冬は世界を凍らせ、音すら閉ざす季節。
だが、その静寂の中心に──
ひとつだけ、凍らない気配があった。
白銀より艶やかで、火より温かい光。
月宮の最奥、月娘の寝殿である。
蒼絹の帳が降り、冬月が障子越しに淡く透ける。
季節は厳しく、宮は冷たい。
だが寝殿の奥では、最も甘く静かな冬が息づいていた。
月娘は白檀の匂いの中、緋の小袖を肩から滑らせるように纏い、髪をほどいたばかりの柔らかな黒髪が雪雲の影のように波を描く。
枕辺には湯気の立つ蜜湯と、干菓子の雪餅。
壬氏は薄衣のまま床几に腰掛け、月娘を見つめていた。
その眼差しは、冬の夜に灯る焚火のよう。
「寒さに凍える夜ほど、お前が恋しくなる。」
手を伸ばせば届く距離。
けれど指先はあえて触れず、視線だけで肌を温める。
月娘は扇を軽く揺らし、目許に微笑を宿す。
「凍えるのは、外の世界ですわ。でも瑞……ここは……春のようでしょう?」
少し扇を揺らせば薄着の月娘の胸元は誘うようにあらわに開かれる。
言葉は優しく、けれど少し意地悪。
壬氏の喉に低く笑いが宿る。
「月娘がそこにいるかぎり、俺の冬は緩む。」
月娘は雪餅を取り、壬氏に差し出す。
壬氏が手を取ろうとすると、月娘はその前に自ら唇に触れ、
一口、しずかに噛む。
白い餅が、夜に溶けた。
「……先に味を確かめるなど、罪だぞ。」
「冬は、甘いものが欲しくなる季節です。」
指先に残る砂糖を、壬氏が月娘の唇に近づける。
けれど触れず、寸での距離で止まる。
「触れれば、溶けてしまいそうだ。」
「どうぞ。冬のうちに、たくさん溶かして。」
二人の息が白く混じる。
雪の夜ほど、焔は深い。