第9章 たまには君から
「ねぇねぇ相澤くん!あそこにカクテルがあるから取ってくるね」
視線に全く気付いていないこいつもこいつだ、反対側の壁際を指差した彼女がぐらつきながらも軽やかに足を踏み出して
明らかに浮き足立つその姿があっという間に喧騒の中に消える
時折見える後ろ姿を確認しながら距離を詰めると、案の定すぐに彼女の足が止まった
「初めてお目にかかります、お一人ですか?」
掛けられた声に一瞬戸惑った彼女が、差し出された名刺を受け取る
社交の場とは言え穏やかなその微笑みが向けられた男に、俺ははっきりと殺意を芽生えさせた
「申し訳ありません、名刺をあちらに置いてきてしまって」
焦ったように頭を下げる彼女を見ながら、俺は腕に掛かった小さな鞄を一瞥する
中に入っている名刺は今晩、一枚も配られる事は無いだろう
「奥にある食事が絶品でしたよ」
良ければ取ってきましょうか、全く引き下がらない男の雰囲気に彼女が躊躇いを滲ませて
あからさまなその好意に気付いているのか気付いていないのか、遠慮に遠慮を重ねている
どうやら同伴者では無いらしいと気付いた他の男までもが、それぞれ自信に満ちた表情で彼女に名刺を差し出し始めて
そもそもこいつは既婚者だぞ、お前らの目は節穴か・・!
困った様子で控えめに挙げられたその手、彼女が俺のものだと主張する煌めきが白いグローブに隠されている事に漸く気が付いた
「赴任されたばかりでご不安でしょう」
「もし宜しければこの後、」
吊るされたいのは誰だ、順番に並べ・・!
一番先に声を掛けた命知らずの男が「人が多いので気を付けて下さいね」などと宣いながら彼女の背中にさりげなく腕を回して
黙っているつもりなど毛頭無い、ネクタイを緩めいよいよ捕縛布を手にした時
彼女はやんわりとその男を躱し、山田の言葉通り夜空の満天の星たちも敵わない笑顔で告げた
「ご親切にありがとうございます、」
主人を待たせていますのでそろそろ失礼しますね、美しくお辞儀をした彼女が二つのグラスを手にして真っ直ぐに俺のところに戻って来る
視線を上げ俺と目が合うと、心底ほっとしたように微笑んで
主人・・
主人!!!!!!
我ながら単細胞だ、捕縛布を握りしめていた手から一気に力が抜け、にやけた口元を片手で隠した俺は紅い絨毯に視線を落とした