第16章 泣いてなんて、ないよ
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『こんばんは』
「いらっしゃいませ」
ベルの付いた扉を開ければ、マスターの心地の良い いつもの挨拶が聞こえてくる。
「あ!俺ここ知ってんよ!ここの地下で俺達歌った事ある!」
環の大きな声を聞き、周りにいた客が 微笑ましい目をこちらに向けてくる。
『タマちゃん、ちょっと声大きいから!』
「ご、ごめん、えりりん…」
しょぼんと項垂れる環。
私達のやり取りを見て、マスターが目を大きくする。
「おや。四葉様は、貴女の事を随分とご存知のようですね」
「そりゃおっちゃんよりかは、俺の方がえりりんの事 知ってんよ」
何故かマスターに張り合う環。
『彼は、私の…古い友人で。私の性別も、私がLioだった事も知っているんです』
私の言葉に、マスターは目尻を下げる。私に気を許せる相手がいた事が、そんなに嬉しいのだろうか。まるで、父親のようだ。なんて考えると、照れ臭くて少しだけ むず痒くなった。
『えっと、それより…また急にお願いして申し訳ないんですけど、下 お借りしても良いですか?』
「大丈夫ですよ。どうぞ」
彼は、私が以前ここに楽を連れて来た時と同じく、快く地下ステージの鍵を差し出してくれるのだった。
「こんな またすぐ、ここに立つとは思ってなかった…。っつかそんなに時間経ってねーのに なんか懐かし」
環は、1人ステージの中央に立つと 大きく手を広げてクルクルと回った。
『伸び伸び与える場所って言ったら、ここしか思い浮かばなくて。まぁでも、カラオケよりは良いでしょ?』
急に、私と歌いたいなどと言われた時は驚いたが。私も彼の歌声には興味がある。付き合ってみても損は無いだろう。