第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
「…私、貴女ほど不愉快…あ、いえ。不可解な人を見たことがありません」
『褒めて…は、ませんよね』
「今のを褒め言葉と受け取るようでしたら、頭が悪過ぎます」
『そうですか?ポジティブで、私は良いと思いますが』
相変わらず、こういう類の言葉の応酬だった。でも いつもと少し違うのは、2人共が笑っていること。嘲笑でもなく冷笑でもない、朗らかな笑みを私達は浮かべていたのだ。
「まったく…意味の通じる日本語を話して欲しいものですね」
言ってから、巳波は私の手からキャリーケースを奪う。目を大きく瞬かせる私を背にして、それをコロコロと引いた。彼が向かったのは、ゲートの向こう。ノースメイアと続く、その先だ。
『棗さ』
「仕方がありませんから、絆されてあげますよ。でも、今回だけですからね」
『…十分です』
「では、また後で。大阪で会いましょう」
彼は上品な所作で、あちらを向いたまま手を上げた。そしてそのまま、ゲート奥へと歩みを進めるのだった。その背中を見送っていると、私の胸には熱いものが込み上げた。
「あの、お客様」
「貴女は…確か、さきほどエスカレーターでお会いした…」
「はい。あの、何度も申し上げて差し出がましいのですが…。こちらからは、大阪へ向かう便は出ておりません。行き先は、ノースメイアとなっております。よろしいのですか?」
「…えぇ。それで、合っていますよ。
彼が向かうべき地は大阪ではなく、ノースメイアですから」