第7章 トラ男とパン女の攻防戦
寝るまで傍にいろということは、裏を返せば、寝たら離れていいということ。
それならばさっさと寝てもらおうと企んだムギは、できるだけ気配を消して置物になってみた。
ムギの腰の下、言ってしまえばお尻あたりに顔を埋めたローは、無言のまま規則正しい呼吸を繰り返している。
「……寝ました?」
「そんなすぐに寝られるわけあるか。」
置物化に耐えかねて声を掛けてみるものの、秒で返事がかえってきてしまい、がっくりとうなだれた。
すぐにとは言うけれど、ベッド横たわってから15分が経過しており、もしムギが反対の立場にいたのなら夢の中へ旅立っている。
隈の濃さから窺い知れるように、ローは不眠症気味なのかもしれない。
昨今、若者の約七割が睡眠障害に悩まされているというし、ローも漏れなく該当しそうだ。
ローが眠るまで、静かに待つ分にはいい。
けれど、厄介なのは彼の吐息。
ぴったりと顔を押しつけてくるせいで、吐息が服を貫通して肌まで当たる。
温かくこそばゆいローの吐息は昨夜の行為を連想させて、下半身がずくりと疼く。
(考えるな、考えるな……。タコス、パニーニ、バインミー……。)
得意のパン呪文はやっぱり効かず、心の中で唱えすぎてぶつぶつ声に出る始末。
「……おい、なにをさっきから呟いている。気になって眠れねェだろうが。」
「す、すみません。」
なんで謝らなくちゃいけないんだ。
元を正せば、ローがひとりで寝てくれれば済む話なのに。
これ以上沈黙に耐えられそうになくて、そしてローの吐息が気になりすぎて、いよいよムギは自棄になった。
「子守唄! 歌います!」
「……は?」
怪訝そうにするローを無視してうろ覚えの歌を口ずさむ。
なにせうろ覚えだから、歌詞のほとんどがわからず鼻歌状態。
「……へったくそだな。」
「放っといてくださいよ。ほら、早く寝て!」
カラオケなんて、久しく行っていない。
歌詞も音程もズレズレな歌を自棄っぱちで歌い続けたムギの努力は功を奏し、やがてローの意識は夢の世界へ沈んでいった。
ムギの歌が下手すぎて気絶したわけではない。
……と、思う。