第31章 身は限りあり、恋は尽きせず
マヤの声も涼し気で、紫陽花の間の空気が浄化されていくようだとリヴァイは感じた。
「そうですか。この掛軸に描かれている紫陽花は、わしらが毎年この山で見ている紫陽花そのもの。掛軸を気に入られたとなると、ここの紫陽花もお好きだということ。ほんに嬉しいですなぁ」
カズオの目じりに幸せそうな皺が寄っている。
「私の方こそ綺麗なもの、素敵なものがたくさんあって、お宿にお邪魔してからずっと幸せです。ねぇ兵長?」
「……そうだな。ここにはマヤの好きな」
リヴァイは涼し気な切れ長の目を食卓に移しながら。
「美味ぇものもあるしな」
「ふふ、そうですね! 本当に美味しそう…!」
今にも舌なめずりをしそうな勢いで前菜を眺めたマヤの様子に、カズオもにこにこと笑っている。
「さぁさ、お食事を始めましょうか。お飲み物を伺います。……そちらに」
カズオは卓上に置いてある漉いた生成色の紙を指し示した。
「……俺は酒を飲むが、マヤは?」
「そうですね…」
各種酒の名がつらつらと達筆で書かれた生成色の紙を手にして、小首をかしげる。
「この…、季節の果実酒が気になります」
「季節のか…」
リヴァイがそうつぶやいてカズオの方に顔を向けるのと、カズオがすかさず返答するのとはほぼ同時だった。
「自家製のシードルになります」
「林檎か…」
「左様で」
リヴァイとカズオのやり取りを聞いていたマヤは、即決した。
「林檎? 美味しそうだわ。それにします!」
林檎のように頬を赤くして、これから口にする酒とごちそうに胸を躍らせているマヤ。
……クソ可愛いな…。
マヤのことはどんなときも、どんな顔も姿も愛おしく想うリヴァイだが、やはり頬を染めた顔は格別で、いちいち胸がドクンと跳ねてしまう。
……ちっとも慣れねぇ。
誰が今のリヴァイの顔を見て、気づくだろうか。ただ単に林檎酒が美味しそうだと言っただけのマヤの顔に、密かに恋焦がれていることを。
それくらい全くといっていいほど無表情のリヴァイだったが、このまま永遠にマヤの顔だけを見ていたいと思ってもそういう訳にはいかなくて。
飲み物の注文に意識を戻した。
「マヤがシードルにするなら、俺はカルヴァドスにするか…」