第142章 あなたにもう一度後日談(3)信長様視点
ひまりは今度出かける時に必ず付けると言い、大切そうに握りしめるのを見て……手を伸ばす。
「今、差してやる。貸せ」
「え?今ですか?」
「似合う女に近づいたか確認してやる」
半ば強引に取り上げ俺は紅を掬う。目を閉じるように指示すると、ひまりは戸惑いながらも長い睫毛を伏せた。
(貴様が昨夜消えた時、俺は……)
初めて絶望を味わった。
今まで一度も抱いた事のない感情が突き抜け、失う恐怖とやらを知り……自分を見失いかけた。
もう二度とあんな思いは要らん。
(一人の男ではなく、一人の父親としてこれからも側にいてやる)
俺は紅をひまりの赤い果実のような唇に、更に赤い紅を乗せる……。
「………なかなか似合うではないか」
「ほんとですか?なら、少しは大人の女性になれたのかな?」
色香を増したひまりに目を奪われ過ぎないよう、俺は再び身体を横に向け盃を差し出す。
「そろそろ邪魔者が戻る頃だからな」
「邪魔者??」
ひまりを押し倒した仕置に、秀吉と光秀が家康に今、何をしておるかは口が裂けても言えんな。
俺は喉を鳴らしながら笑い、今度はちびちびと酒を吞み……すっかり覚めた酔いが理由かは解らんが、家康が戻るまでの間ひまりと親子水入らずの時を過ごし、他愛のない話をする。
「明日、竹千代がお世話になると聞きました。どうぞお手柔らかにお願いしますね?」
「案ずるな。家康の時みたいに本物の刀は使ったりなどせん」
「えっ!本物!?」
「あいつの時はそれぐらいせんと、根性を叩き直せんだからな」
そのせいか、幼き頃あれ程泣き虫だったやつが年頃になると一気に捻くれ……手を焼いた。
「……そっか。だからあの時、剣術の稽古であんな怪我を……」
ひまりは何かを納得したように独り言を言い、今度は家康と俺の昔の話を聞かせて欲しいとせがんだ。
「あいつ、水が大の苦手でな。慣れさすのに無理矢理池に放り込んでやったら、大泣きしながら浅い池で溺れおって……」
「ふふっ……今の家康からは想像出来ませんね」
邪魔者が青い顔を浮かべこの部屋に戻るまでの間、娘に酌をさせながら昔話に花を咲かせた。