第93章 あなたにもう一度(9)
私は落ちないように気をつけながら舟を降り、代金を支払う。
「ありがとうございました」
「仕事なんだから礼は入らねーよ!それより、こんな時間に湖に一人で行くには物騒だぞ」
「近くに伝のある宿場があります。そちらに今夜お世話になってから明日、改めて湖に行きます」
心配してくれる優しい舟頭さん。私がぼっーとしていると静かに川の音を聞かせてくれたり、私が質問をすると心良く答えてくれた。そんな舟頭さんに一礼して別れを告げると、私は林の中を突き進んで行く。しばらく歩くと、隠れ宿が見えて来て私は久々にその敷地に足を踏み入れ、暖簾を潜る。
「ご無沙汰してます」
「これはひまり様!……もしかしてお一人でございますか!?」
家康の姿がない事に気づき、女将さんは驚いた声を上げる。私がその言葉に苦笑いをすると何となく察してくれたのか、部屋まで案内してくれた。
ここは徳川家御用達の隠れ宿。遠方に行く時や、療養する時に主に使われたりする場所。
「ごめんなさい。その……ちょっと家康と喧嘩しちゃって……」
私は嘘はつかずに正直に事情を話す。そしてある場所に行ったらすぐに城に戻る事を伝え、今夜だけお世話にして欲しいと頭を下げる。
「……解りました。では、城には連絡致しませんのでゆっくりとお休み下さいませ」
「ありがとうございます!」
女将さんはすぐ布団を用意してくれて、私は着替えを済ますと早めに身体を休める。今日一日で家康との思い出の場所を沢山回り、自分の気持ちを見つめ直した。
後は、この近くにある湖とあの場所に行くだけ……。
私は机の上に置いた文を手に取る。
家康の綺麗な字を指でなぞりながら…… 心の声でもう一度、読みはじめた。