第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
真っ直ぐに告げる杏寿郎の本音に、くすぐったそうにも嬉しそうに蛍は笑う。
ゆっくりを身を寄せれば、杏寿郎の腕が迎え入れるように包み込んだ。
「体は平気か?」
「うん、大丈夫。杏寿郎は?」
「すごぶる快調だ」
「……」
「む?」
爽やかな笑顔でさらりと告げる。
なんでもないことのように杏寿郎が振る舞えば振る舞う程、蛍はまじまじとその姿を興味深く見返した。
視線を受けた杏寿郎が、何かと頸を傾げて問う。
「…前に蜜璃ちゃんが、杏寿郎のことを体力お化けって言ってたけど。本当にお化けだよね…」
「そうか? 俺くらいの体力ならば不死川や宇髄も持ち得ているぞ。悲鳴嶼殿に至っては、俺よりも更なる高みを知っているはずだ」
「ぁぁ、ぃゃ…うん…そうなんだけど…うん」
「?」
「ううん。なんでもない」
心と体。愛と熱。想いと行為。
様々なものを幾重も重ねては繋げ合わせ、ひとつになっては果て続けた。
最後には蕩ける思考と共に体も蕩けて、軽く意識を飛ばしてしまった。
そんな蛍をそっと抱いた杏寿郎が運んだ先が、この露天風呂だ。
確かに柱は皆"体力お化け"な域だろう。
しかしこの性の情事を彼らになぞらえるのは気恥ずかしい。
一夜を共にする杏寿郎の事情だけ知っていれば十分だと、蛍は言葉を濁して視線を流した。
そもそも鬼である自分をも軽く超えていくのだ。
杏寿郎はやはり体力"お化け"なのだろう。
それでも何故鬼である自分が、その域を超えられないのか。
考える前に漠然と悟るのは、己の内に満たされる充足感だ。
鬼にとっては食となる精を十二分にまで与えられていることもあるだろう。
それ以上に心が、隙間も見つけられない程に見えないもので埋め尽くされる。
身も心も満たされれば、後は快楽と心地の中に落ちていくだけだ。
(だから杏寿郎には敵わないのかな…)
ちらりと傍にある杏寿郎の顔を今一度見る。
待ち構えていたようにぱちりと視線が合い、蛍は反射的に俯いた。
結局のところは"そこ"なのだ。
杏寿郎の前では、どうしようもなくただの女になってしまうだけ。ということ。